網走方面でハイデッカーグリーン車の運用実績

 2018.06.18

 網走方面のハイデッカーグリーン車(N183系およびNN183系)投入まで残り13日となりました。これはキハ183系気動車(0番台)の全廃が近づいていることでもあります。

 15日の「オホーツク3号」では、キロ182-504に車両変更した5両編成が使用されました。7月1日の車両編成見直しにあわせて、いわゆる「過渡期」にあるようです。また、NN183系のハイデッカーグリーン車を連結した試運転も行われており、準備は万全のようです。

 網走方面は長い間、キハ183系0番台とともに歩んできました。このため網走方面のハイデッカーグリーン車投入は、史上初のようにも見えますが、そうではありませんでした。

 1989年4月の「道内時刻表」の編成表を見ると、「オホーツク1~8号」(基本6両編成)のグリーン車の部分に、「ハイデッカーグリーン車になる日があります」と注釈があります。

 当時の「オホーツク」はキロ182を使用しており、キロハ182の登場はこれから約7年後になります。ですからなぜ、ハイデッカーグリーン車に車両変更したのかわかりません。

 また、「おおぞら」の一部列車と「北斗」でも、グリーン車の部分に「グレードアップグリーン車になる日があります」と注釈があります。

 キハ183系のグリーン車は、全車、4列シートで落成しました。調べたところ、グレードアップの意味は、4列シートから3列シートに改良した車両であり、当時、グリーン車の改良工事が集中的に行われていたようです。

 これを考えると「オホーツク」の車両変更は、グリーン車の改良工事に伴う対応だった可能性もあります。

 当時の「オホーツク」はキロ182の使用が基本でした。このため、本格的な運用ではありませんが、今から29年前、網走方面でハイデッカーグリーン車の運用実績がありました。

 余談ですが、1989年4月の「道内時刻表」は、転換直前の標津線、天北線、名寄本線、池北線のダイヤが掲載されています。

 この4線区は「特定地方交通線」に指定され、営業キロが100kmを超えることから、通称長大4線と呼ばれました。長大4線は、国鉄改革でJR北海道に承継されましたが、わずか2年で全線区が転換となりました。唯一、第三セクターが引き継いだ池北線も、06年4月にバス転換となりました。

 来年、長大4線の転換から30年となりますが、今日の「維持困難線区」は、まさに「特定地方交通線」の再来であり、当時、このような問題が再び起こるとは、誰も考えなかったはずです。



広告


広告

広告

プロフィール

Author:dieseltrain


広告

-