石勝線夕張支線の廃止

 2018.03.26

 23日、石勝線夕張支線(新夕張~夕張)の廃止日が2019年4月1日に決まりました。JR北海道の維持困難13線区で初めて廃止が確定しました。

 石勝線は夕張線時代の輸送密度が基準となり、1981年10月の開業から「幹線」となっていますが、線区の廃止はこれまで「地方交通線」が中心でした。近年では14年5月に江差線(木古内~江差)、16年12月に留萌本線(留萌~増毛)が廃止されましたが、いずれも「地方交通線」でした。

 -幹線の廃止-

 「幹線」の廃止は、1994年5月の函館本線上砂川支線(砂川~上砂川)以来となります。時代をさかのぼっても、1981年7月の夕張線登川支線(紅葉山~登川)しかありません。「幹線」の廃止は支線が主体となっていました。

 道内において「幹線」に指定され、なおかつ本線にある線区が廃止されたことは一度もありません。しかし「幹線」の根室本線(富良野~新得)は16年11月、維持困難線区に指定され、廃止対象線区となりました。

 国鉄再建法の「幹線」「地方交通線」の指定は、1977~79年度の輸送密度が基準となっています。このため、現状とかい離している線区が多くあります。

 維持困難13線区のうち、5線区が「幹線」に指定されていますが、いずれもJR北海道が承継した時点で、輸送密度が「特定地方交通線」の水準以下となっていました。

 -ひとごとではない-

 夕張支線の廃止が確定したことで、他線区の協議にも影響するという報道があります。

 JR北海道は夕張支線の廃止に伴い、夕張市に7億5000万円を拠出しますが、このほかにも新夕張駅前の整備などに協力しており、「攻めの廃線」の利益が相当あるようです。

 しかし維持困難線区の公表以降、夕張支線に続く線区はありませんでした。

 維持困難線区は「特定地方交通線」の再来です。その転換第1号は、くしくも道内の白糠線(白糠~北進)でした。1983年10月の廃止ですが、1981年9月の「第1次特定地方交通線」の指定からわずか2年で廃止されました。

 調べたところ、白糠線の末期に輸送密度、営業係数が全国ワースト1となっていたほか、線区の沿線自治体が白糠町のみとなっていたので、協議が進捗したためでした。夕張支線の廃止は、当時の白糠線と似ているように見えます。

 一方で「第2次特定地方交通線」に指定された長大4線(名寄本線、天北線、標津線、池北線)は、国鉄改革でJR北海道に承継され、1989年4月から6月にかけて相次いで転換されました。長大4線のように営業キロが長い線区や、複数の自治体にまたがる線区は、協議の長期化も予想されます。

 維持困難12線区は、年内に方向性を示さなければなりません。夕張支線の廃止は「ひとごと」ではありません。



広告


広告

プロフィール

Author:dieseltrain


-